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| 大善寺庭園 案内図−A
山号は柏尾山。真言宗の寺院で、寺伝では718年(養老2)に行基によって開創されたとある。 本堂は国宝に、本尊、脇仏が重要文化財に指定されている。
※大善寺 本堂(国宝) 山梨最古の和洋建築で、文永の大火災の後、後宇多天皇の勅により正応3年(1290)再建された、鎌倉時代の建物。方五間・単層寄棟造り・檜皮葺。
国宝に指定されている。 ※大善寺 本尊 薬師如来座像 座高85.7センチ。桜材の一木造漆箔像で、密教風を加味した平安時代初期、弘仁期の仏像。かつては右の手にぶどうの房を持っていたという。甲州ぶどうとの深い係わりを現わす傑作。国の重要文化財に指定されている。
※大善寺 脇仏 日光・月光菩薩立像 日光菩薩は座高104.3センチ。月光菩薩は座高102.4センチ。両仏とも、本尊と同じく桜材の一木造漆箔。平安時代初期の弘仁期の作。国の重要文化財に指定されている。
※大善寺 庭園遺跡・史跡 庫裏の裏にある、江戸時代初期の池泉回遊式の名園。雄大な築山と鶴、亀に見立てた石の置かれた池は、洗練された造形美が遺憾なく現わされている。
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三光寺庭園 案内図−B
推古天皇3年(595)に南都六宗の三岳寺として開創、和銅年間(708〜714)に三光寺と改められ、後に改宗し栄えるが康永元年(1342)兵火により全山焼失。現在地に移転した。
救世観音をまつった大規模な寺として宮宕山の尾根に広がっていたことが、平安時代の出土品や周辺の寺跡からうかがえる。 ※庭園 勝沼町名庭園の一つとされる桃山期の流水式庭園。
その特色ある造形と景観のすばらしさで知られる。 ※親鸞上人像 ※三光寺 大杉 町の天然記念物に指定。 三光寺が今の場所に移築した時植えられたと伝えられ、松、欅、楢と三光寺の四大木として近世から名高い。目通り6.0m、樹高20.0mの巨木は幹上部を欠失しているものの樹勢良く、勝沼町随一の杉の巨木。
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大滝不動尊(奥宮) 案内図−C
県指定名勝 本尊不動明王は、養老3年(719)三光寺が天正天皇の勅願所となった時、綸旨と共に下賜された尊像と伝えられ、三光寺に安置されていたもの。
元慶4年(880)阿闍梨に夢のお告げがあり三光寺を離れ現在の山中に草創。 雄大な山懐に雌雄の瀑布が揃う自然環境に建立されている。 高さ140mの男滝を始めとし、女滝、神洗滝、前滝、後滝などの大小の滝と、山中には本堂をはじめ、講堂や雨乞い場が配され修験霊場としての歴史景観も残っている。
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万福寺庭園 案内図−D
等々力の四つ角から塩山市方向に北進して左手にある。杉の御坊の名をもつ浄土真宗の寺。右手にはぶどう畑に7つの寺町群が広がる、 創建は、推古天皇12年(604)の聖徳太子の命による説と、巨摩郡天眼寺の移転説がある。
永年に渡り由緒も古く天皇の祈祷所、将軍家祈祷所として、また、武田氏の庇護下にあったこともある。 寛政年間( )の寺町火事で39棟もの堂塔が焼失。文化年間(
)に再興された。 ※庭園 本堂と庫裏の間にある江戸初期の池泉鑑賞式庭園。 近年発掘整備され、池泉の護岸に花崗岩の河原石、築山の石組に山石を用いる特異な庭園構造が明らかにされた。
※馬蹄石 境内にあるムクの大樹と並び有名な巨石。 馬の蹄状の窪みは聖徳太子ののった甲斐の黒駒が富士山、甲斐駒ヶ岳を一蹴に巡った時の蹄跡という伝説が創建の太子信仰の元と共に残る。
※ムクの大樹 県指定天然記念物。山門跡西側にあるムクノキは、山梨県では稀な樹種の巨樹。この樹種の特色である板状根の発達した根回り12.3m、樹高22.5mは必見。
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