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近藤勇古戦場跡 案内図−A
慶応4年(1868)柏尾の大善寺付近で近藤勇を隊長とする幕府側の新撰組と、これを迎え撃つ官軍との戦いが展開した。 近藤勇は江戸を発ち甲州街道を進軍、しかし、新撰組は300人余り、官軍は1000人を超える部隊。新撰組は1日であっけなく敗走する。
甲府盆地を見下ろすぶどう畑を主戦場としてのこの「柏尾の戦争」は、錦概(大蘇芳年「近藤勇驍勇之図」)にも描かれている。 |
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国宝 大善寺 案内図−B
山号は柏尾山。真言宗の寺院で、寺伝では718年(養老2)に行基によって開創されたとある。 本堂は国宝に、本尊、脇仏が重要文化財に指定されている。
※ぶどう発祥伝説 養老2年(718)僧行基が、大善寺付近の御影岩に座し、願をかけたところ、満願の日、 右手にぶどうの房を持った薬師如来が現われたという、甲州ぶどう発祥にまつわる伝説が伝えられている。 |
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勝沼氏館跡 案内図−C
昭和56年指定国史跡 勝沼氏とは、戦国時代の武田軍団の御親類衆、武田信玄の叔父、武田信虎の弟、安芸守次郎五郎信友が勝沼氏を名乗って開祖となる。
永禄3年(1560)信玄によって、勝沼信元が謀反の罪で滅ぼされた。 館は、勝沼氏より2〜3代古く創始され、日川の断崖を利用して造られ、対岸を甲州街道が、館の西を鎌倉往還が通過しており、当時の交通の要衝となっていた。二重の塀や太鼓やぐらと呼ばれる高台がある館と水路があった。武田武将の館の様子が伺われる貴重な遺跡である。
また、周辺を大規模に造成し家臣を集住させたり水路を建築したりと1地域の武将の域を超えた氏族といえる。 また、大善寺と並び、甲州ぶどうの田畑が集中し、この時代から館の庭にもぶどうが植えられたと考えられ、館のあと甲州ぶどうだけが残り、ここの地名「御所」から御所ぶどうの名が今も伝わる。
*昭和48年から5年かけて発掘調査が行われ、建物と水路が発掘され国の史跡に指定される。 |
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甲斐徳本の碑 案内図−D
(1513生 没年118才)ぶどう棚づくりの創始者。 甲斐伝説至る一説によると、永正10年三河の国(愛知県)に生まれ、諸国行脚の貧富違わず治した漢方医、本草学の大斗と伝わる。
武田信虎・信玄に仕え、長く甲斐の国に暮らしたため甲斐の徳本と呼ばれる。 徳本は自然に生やされている甲州ぶどうを見て、ぶどう畑の竹で張った棚を造る竹棚造りを奨励した。これにより勝沼のぶどう栽培は専門化し飛躍的に進歩、江戸中期には甲州ぶどうが日本中で有名になる。
※甲斐徳本の碑 上岩崎1041番地にある徳本念仏塔 |
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葡萄酒資料館 別名/ワイン資料館 案内図−E
明治37年建築の宮光園の葡萄酒醸造所の名残をワインの資料館として開館。 二人の若者の日記や手紙を始め、明治時代のワイン生産の状況を知る貴重な機械や日本最古のワインなどを数多く展示。現在も貯蔵庫を兼ね、ワインのことなら何でもわかる。
入場料:無料 開館時間:am9:00~pm4:00 休館日:7〜11月は無休、他火曜休 TEL0553-44-1011(メルシャン勝沼ワイナリー)
◆宮光園 |
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龍憲セラー 案内図−F
葡萄酒貯蔵庫(龍憲セラー) 土屋龍憲が興した半地下式煉瓦造り、アーチ天井の葡萄酒貯蔵庫。 明治30年代後半の建設といわれている。もともとはこの貯蔵庫の上に建物が建っていた。
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